新里酒造

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琉球王府より許された沖縄最古の蔵元。
香りに、味わいに歴史を刻み続けて……

新里酒造の創業は、弘化三年(1846年)

現存する沖縄の酒造所としては、もっとも古い酒造所と云われています。

当時、琉球王府は泡盛造りを首里の三箇(崎山、赤田、烏掘)に住む30人(後に40人になる)のみに許し、ここで生まれた泡盛は、遠く中国や日本への献上品として珍重されていました。

新里酒造は、その一人として認められて以来、伝統の技と精神を受け継いで 160余年、現在六代目当主がこののれんを守っています。

琉球王府イメージ

黒麹菌を使う泡盛の歴史

黒麹菌を使う泡盛の歴史イメージ泡盛は、酒税法上「単式蒸留しょうちゅう」に分類されています。

原料に米を使用しているので、米焼酎に分類されています。しかし、泡盛と他の米焼酎とは製造上の違いがあります。その違いは、米焼酎は一般的に2段仕込みといって、まず、最初に仕込みタンクへ、麹、水、酵母を投入し、「酒母」を造り、その後に麹の約2倍の量、蒸米を加えるという製法で造られています。それに対して、泡盛は、蒸米全てを麹にし、水、酵母の入った仕込みタンクへ全量投入するという全麹仕込みという製法で造っている点です。この製法により、泡盛は濃厚で伸びの効く酒質となっているのです。 その他、泡盛は通常、原料米にタイ米(インディカ種)を使用している点も大きな違いになっています。


15世紀初め、琉球王朝時代にシャム(現在のタイ)から伝わったと言われています。それから泡盛は、琉球の特産品として各国王の贈答品や、江戸の将軍への上納品として重宝されました。琉球王国時代は、製造も琉球王府管理のもとに厳しく管理されましたが、明治時代に琉球から沖縄県になってから、民間でも泡盛が作られるようになり、酒屋の数も増えました。しかし、先の大戦では泡盛業界も大きなダメージを受け、危機的な状況になりましたが、現在は、それを乗り越え泡盛は大ブームを迎えています。


※泡盛の歴史について参考資料 沖縄県酒造組合連合会より

・泡盛は20歳になってから ・お酒は楽しく適量を

・妊娠中や授乳期の飲酒は胎児・乳児に影響を及ぼすおそれがあります

・飲酒運転は絶対にやめてください